結婚生活の賞味期限。


夫と出会って結婚し、約20年となった。

気が付けば、と言った感じか。

しかし、新婚の頃の雰囲気は、当たり前だと言えばそうなのだが、全くない。

それどころか年月を重ねるごとに先細りする愛情。

このところ、それも細る場所が無くなってきて、とうとう消えてしまったように思う。

どちらかというと、夫の方が先にだ。

それに気づいた私の気持ちも、一気に加速度を増した。

夫を夫と感じることが無くなった。

そこまで行きつくには、相当辛かった。

甘えたい気持ちと、頼りたい気持ち。

でも夫は答えてくれない。

その度に、打ちひしがれて泣いた。

何度も何度もそれを繰り返し。


おそらく30台の後半の頃からだ。 そして何年か経った。

長い間、辛かった。

もうそろそろ、体が学習してきた。気持ちが壊れてしまう前に、体が覚えた。

夫に期待しても無駄だ。

そう何度自分に言い聞かせても、どこか納得いかなかった。

それが、なんとなく自分のなかで消化できるようにまでなった。(そう感じているだけで消化不良を起こしているかもしれないが)

ほらね、期待しても無駄でしょ。

そう自分が自分に言う。

そうだね。

自分が答える。

チャーミーグリーンのCMのような老夫婦にはなれなかった。(分かる人には分かってもらえると思う)

それよりもだいぶ手前で挫折した。

未だ夫の一挙手一投足で、ガックリしたりはする。

これはずっと続くのだろうか。

そう思うと、昔の人などはどれだけ苦労したのだろうと思う。

今のように離婚をすることは当たり前ではない。

当たり前という表現もおかしいが、昔は世間体を気にしてなかなか踏み切れなかっただろう。

それとも今は昔よりも、なんでもはるかに便利になり余裕ができたことで、そう考える時間が出来たからかもしれない。

昔、哲学か何かの授業で習った。

人間の根底には”孤独”があり、日常の忙しさでそれに気づかない。

それなのだろうか。

子供のためだなんて思っているが、欺瞞なのかもしれない。

夫が何を考えているのか分からない。

話し合いを避ける。

夫婦の賞味期限は各家庭それぞれ。

どれだけ延ばすことが出来るだろうか。

そもそも相性がいい夫婦というのは、砂糖のように賞味期限がないのかもしれない。

相性が合わなければ、どちらかが合わせたり、お互い歩み寄ったり。なにかしら努力が必要だ。

ウチは間違いなく後者だが、私が歩みよっても、その分夫は後ずさりする。

だから距離が縮まない。

これをどこまでガマンできるだろう。

私の根底にある”孤独”が子供たちが巣立つことによって、更に表面化するのは明らかだ。

分かっていながら、日常をずるずると送り続けている。

その日が来るまで。

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