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なんとなく、かみ合わない人。


話をしていても、なんだか会話が弾まない。

そんな人がいる。

かと思えば、少し話しただけでも楽しくて、もっと話したいという人もいる。

その違いは何なんだろう。

職場で仲良さげに話しかけてくる人がいるのだが、話していても自分が打ち解けていないことに気づく。

どこか相手に構えてしまっているのだ。

折角フレンドリーに話しかけてきているのに、私の笑顔は本物ではない。

なんだか顔が引きつってしまう。

気のせいかと思っていた。しかし、いつその人と話するときでも自分がそうだということに気づく。

嫌いなのか?

と問われると、

そうでもない。

一体何なんだろう。

自分が話していて、楽しい人、そうでない人。

区切りが自分の中で分からない。

同じように話してはいるつもりでも、気持ちが全く違うのだ。

でも、そんな人を観察してみると、どうやら私は分かり易い人に心を許す傾向があるように思う。

この人、実は腹の中ではこう思ってんじゃないか?と気の抜けない人には腹を割って話していない。

別に意識してそうしているわけでもなく、勝手にそうなるようだ。

だから、そういった相手と話していると変に緊張する。

本当に相手がどう思ってるかなんて、分からない。

だけど、相手の感情が自分に流れ込んだかのように私は固まってしまう。

恐らく相手は私のことを快くは思っていない。

しかし同じ職場、適当に上手くしておかないと・・という意識が透けて見えてしまう。

私の勘違いかもしれないが。

そんな気がするのだ。

当たり障りなく仕事をこなし、しかし電話を切った後にアイツはああだ、こうだ、と言う人が特に要注意なのだ。

それを自然と私の体が吸収して、その人と距離を置かせているのかもしれない。

適当に私も相手に合わせて、上手くできればいいのだが。

いつもその人と話した後はドッと疲れてしまうのだ。

私が安心して話せる人は、ぶきっちょで仕事でも適当にかわせばいいものを変に正直に真正面から受けたりする人だ。

あぁ、こうしてればいいのに。

あぁ、そんな馬鹿正直に進めなくても。

あぁ、この人一生懸命だな。

そう思う人。

なので仕事を要領よくバッチリできるかというと、そうでない時が多い。

だけど私は独身の頃から、そんな人に安心感を抱く。

だから出世頭のような人には、一歩引いてしまう。

良くも悪くも、そういう人は要領がいい。

だから自分が合わないと思う人にも、フレンドリーに話しかけたりする。

その辺が違うのだ。

ぶきっちょな私なので、余計にそれが別の世界の人のようで分からなくて、ただ疲れているだけなのかもしれない。

なんとか上手くかわせるようになれば、人間関係も少し楽になるのだろうなと思う。


そして、今日の昼食と夕食は何にしようかと悶々と考える私。

何も思いつかない・・

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